今話題の面白くて涼しげな情報をお届けするブログです。

そよかぜ速報

ネタ

人生には目的や意味なんてない方がいいんじゃないだろうか?

投稿日:

人生に目的や意味なんかはない方がいいんじゃないだろうか?

 

誰もが思春期あたりになると「人生って何の意味があるんだろう…」「はぁ~…生きてたって意味ないよなぁ…。どんなに頑張ったって、どうせ死ぬんだし…」と一度は思ったことがあるだろう。

それが大人になるにつれて、いろんな経験を積み、本や映画に触れ、考えを巡らすにつれて「人生って意味ないもんだよな~。まあ、それでも頑張って生きていくしかないよな!」「人生の意味?そんなもん、考えるの無駄よ」というような、達観したような、諦めたような考えになってくる。そこでうまく割り切れない人は、ず~っと「自分探し」を続けちゃったりする。

それがおっさんになってくるにつれ、「人生は無駄で目的や意味がない方が楽しい!」という考え方に変わってきた。(あくまでも私個人の人生観だけど)

スポンサーリンク

動物的であること、人間的であること

で、この「人生に意味はない方がいいよね」という考え方をどう伝えれば一番わかりやすいのかを考えたとき、「動物的」と「人間的」という表現がなんとなくわかりやすい気がした。

例えば「食欲」はなんとなく動物的。でも「料理」はどうだろう?料理をする動物はいないし、いろんな創意工夫をして食材を美味しくするのは「人間的」といえるだろう。

「性欲」は動物的だけど、「恋愛」は人間的。

置網漁業は動物的だけど、釣りをして釣った魚をすぐに逃がしちゃうキャッチ&リリースは人間的。

文学小説は動物的だけど、ネット掲示板への書き込みは人間的。

大企業でバリバリ働いて革新的技術を次々と発信するやり手の経営者は動物的で、家でハナクソほじりながらネトゲをダラダラとやっている引きこもりは人間的。

そして「意味のある人生」は動物的で、「意味のない人生」はとても人間的。

 

なぜ、意味のない人生が人間的かというと、人間だけが意味のない人生を送れるからだと思う。

マルハナバチは花粉を集めるついでに、無意識に草花の受粉を手伝っている。

鳥は木の実を食べて、種を糞として落とすことで、植物の生息域拡大に一役買っている。

生態系のシステムや、食物連鎖の輪の中で、動物たちは「種の繁栄」という大きな主目的を持ちつつも、相互に意味を持ちながら生きている。そしてこの輪の中に、すでに人間は入っていない。

これをポジティブに捉えると、地球全体が「意味のあること」が複雑に絡み合って出来上がっている有機体だとしたら、その中で人間だけが「意味のない事」を選ぶことができる特別な動物ってことになる。

 

無意味に生きることは人間の特権。だとしたら、人生はなるべく意味がなくて、目的がないように生きるのがいい。

 

勉強をいっぱいしていい会社に就職しましょう。

人生を成功させるために目的を設定しましょう。

友達や恋人を作りましょう。

毎日運動して健康を維持しましょう。

自分を愛するように他者を愛しましょう。

家族を作って子孫を繁栄させましょう。

 

そんな西洋的な意味至上主義の価値観って、そろそろ古くなってきている気がする。

 

私たちはついつい意味のある人生を送ってしまうけれども、仕事の内容も、社会とのかかわりも、休日の過ごし方も、なるべく無意味に生きるってものいいんじゃないだろうか。

すぐに波にさらわれて消える砂浜の落書きのように生きたい。

私はONE OK ROCKが大好きなんだけど、ワンオクの「DEEPER DEEPER」という曲に”誰かの記憶に残るような人生をオススメします”という歌詞が出てくる。それを初めて聞いたとき「誰かの記憶に残るような人生なんて送りたくねぇ~なぁ~」と思ってしまった。

後世に残るであろう分厚く塗り固めた油絵よりも、すぐに波にさらわれて消える砂浜の落書きのように生きたい。

諸行無常的な生き方?仏教あんまり知らないけど。

 

無意味な生き方は、いわゆる”自己実現欲求”よりも大切な気がする。

とにかく「生きている意味なんてないよな…」とか「学校行きたくないな…」とか「仕事つらいな…」なんて悩んで苦しんでいるヤングがいたとしたら言いたいね、意味のある人生なんてクソだって。他人から押し付けられた”常識”とか”意味”とか”価値観”で苦しむ必要はない。

意味のある人生は頭のいい頑張り屋さんに任せて、もっと意味のない人生を楽しもうぜ!!

☆オススメ記事☆

スポンサードリンク

スポンサーリンク

-ネタ

Copyright© そよかぜ速報 , 2017 AllRights Reserved Powered by AFFINGER4.