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富士山は不死山!?秦の始皇帝と徐福の伝説の謎

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映画かもされあ人気漫画キングダムは、主人公の信という青年と、後に始皇帝となる嬴政(えいせい)の2人を軸に展開する壮大な中国全土統一の物語。

漫画に登場する嬴政は頭がよくてクールで、めちゃくちゃカッコいい。

 

漫画の方ではまだまだ始皇帝になれそうもないけど、歴史上の人物である秦の始皇帝=嬴政には数々の伝説が残っている。

始皇帝となりすべてを手に入れた嬴政は、少しずつおかしくなっていくのだ…。

 

秦の始皇帝となった嬴政は、絶大な権力と富を手に入れた結果、最終的に不老不死を手に入れようとする。

部下たちに国内、国外を問わず、不老不死の方法を探させ、その方法を手に入れたものには莫大な褒美を約束していたとか。

そのため、秦の始皇帝が住まう宮殿には、怪しげな呪術を操るもの、わけのわからない仙薬・霊薬などをもつ者たちであふれた。

しかし霊薬だの呪術だのはまったくのデタラメばかりであり、それらをもたらした者のほとんどが処刑されたという。

 

…そんな、オカルティズム満載で不穏な時代。

始皇帝の前に徐福(じょふく)という不可思議な男が現れた。

徐福は道教に通じていて、医学、占星術、天文学にも明るい学者。

そんな徐福は始皇帝に告げる。

 

「海を遥か東方に行くこと数千里の彼方に、蓬莱山、方丈山、瀛州山という3つの神山があります。

その山には仙人が住んでおり、不老不死の霊薬の元となる草が育つといわれています」

 

その徐福の言葉を信じた始皇帝は、徐福に数百人の少年少女を与え、不老不死の霊薬を探す旅に出した。

 

…これが秦の始皇帝と徐福の物語。

はたして徐福は不老不死の霊薬を見つけ、秦の始皇帝に献上することができるのだろうか?

徐福の”真の目的“”とは何なのだろうか?

蓬莱山と富士山と不死山

不死山

「海を遥か東方に行くこと数千里の彼方に、蓬莱山、方丈山、瀛州山という3つの神山がある」

中国から海を超えて東といえば、そう、日本!!

 

実は神山のひとつ、蓬莱山(ほうらいさん)は富士山という説がある。

 

古来より富士山は不死山とも呼ばれ、不老不死の伝説が数多く残る曰く付きの土地。

 

例えば竹取物語。

クライマックスのかぐや姫が月に帰っちゃうシーンでのこと。

月から”天人”がかぐや姫を迎えにくるのだけれど、天人は天の羽衣と不死の霊薬を持ってきていた。

かぐや姫は手紙と共に不死の霊薬を帝に送るのだけど、帝はかぐや姫を失ったことに絶望し、部下に「もっとも天に近い高い山に行き、この手紙と不死の霊薬を焼いてしまえ」と命令する。

その不死の霊薬が焼かれた場所こそが、富士山であり、もともとは不死山と呼ばれていたとか。

 

言い伝えでは徐福は不老不死の霊薬が眠る富士山を目指し、日本にやってきていた。

それを証明するかのように、日本の各地に徐福の伝説が残っている。

 

では、いつぐらいに徐福は日本に来たのだろう??

 

秦の始皇帝や徐福が生きていたのは紀元前200年くらいだから、それくらいの時代の可能性が高い。

当時の日本は弥生時代であった。

おそらく当時の中国よりも圧倒的に遅れた文化や技術だっただろう。

徐福は弥生時代の日本人に、いろんな技術を伝えた可能性がある。

 

佐賀県で発見された弥生時代の大規模な遺跡「吉野ケ里遺跡」には、道教の影響を受けた古墳があるとか。

この知識をもたらしたのは、道教に詳しい徐福なのかもしれない。

また、徐福は中国を出る際に、稲作や農耕の技術も持ってきていた。

弥生時代に大陸から伝わったとされる稲作の技術も、実は徐福がもたらした可能性だってある。

 

もちろん、まったく信ぴょう性はないけど。

 

もし徐福が中国から日本に渡ってきたとしたら、経路的にはまず九州にたどり着く。

恐らく徐福は吉野ケ里遺跡がある佐賀県にやってきていたはず。

そこでいろいろと地元民と仲良くなってから、きっと富士山を目指し東へと旅立っただろう。

 

それを証明するかのように、九州からさらに東にある和歌山県には徐福の痕跡がたくさん現存している。

和歌山県の熊野大社周辺には徐福の伝説が残っていて、徐福が持っていたという”すり鉢”を祭った場所もあるとか。

また熊野周辺は古来より修験道が盛んだが、その呪術の中にも道教の影響が垣間見えるという。

これらの痕跡を見るかぎり、旅の途中で徐福が和歌山県を通った可能性が高い。

それどころか和歌山県には徐福の墓とされる遺跡だってある。そこは今では徐福公園となって親しまれているのだけれど。

 

だとしたら、徐福は富士山にたどり着くことなく、和歌山県で一生を終えたのか?

 

これには諸説あり、富士山の麓にも徐福の墓があるという伝説もある。

山梨県富士吉田市にある徐福祠・徐福大明神が徐福の墓らしい。

 

ある伝説では、徐福は苦労の末に富士山にたどり着いたのだけれど、そこで秦の始皇帝の死を知る。

なので中国に帰ることなく、引き連れた少年、少女たちと富士の麓で暮らしたと。

 

そんな曰くのある富士山周辺には今でも徐福の子孫がおり、名字に”福”がついているらしい。

福留、福上、福智、そんな名字の一族は、もしかしたら徐福の末裔かもしれない。

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徐福は不老不死の霊薬を見つけられたのか?

様々な伝説が残る徐福。

富士山(不死山)にたどり着いた徐福は、天人がもたらした不老不死の霊薬を見つけ、秦の始皇帝に届けられたのだろうか?

その真偽は不明だが、中国を旅立った後、徐福は二度と始皇帝の前に姿を現さなかったという。

秦の始皇帝は死の間際まで、徐福の帰りを待ちわびていたとか。

 

もしかしたら徐福は、日本にたどり着いてそのまま居ついちゃったのかもしれない。

それとも、どこかで病気になって野垂れ死んでしまったのか。

あるいは富士山でホントに不死の霊薬を見つけ、いまも富士山のどこかの洞窟の奥で瞑想でもしているのかもしれない。

弥生時代よりも遥かに発達した文明と技術を持っていたわけだから、当時の日本の人々を統治して王様になっていたかも。

 

ともあれ、日本各地に伝わる徐福伝説を見る限り、秦の始皇帝の命で徐福が日本にやってきていたことは確かみたいだ。

いまも蓬莱山=富士山=不死山のどこかに、まだ発見されていない徐福の痕跡が眠っているかもしれないね。

 

余談だが、1982年に徐福の生まれ故郷とされる徐福村が見つかった。

村に伝わる伝説では、そこに住んでいた徐福の一族たちは秦の始皇帝によって迫害され、つらい生活を余儀なくされていたとか。

徐福村には数々の徐福伝説が伝承されているが、その真偽は不明。

一説には村おこしと金儲けを狙ったウソであるともいわれている。(実に中国らしい!)

 

ともあれ、徐福の一族が始皇帝に迫害されていたというのは面白い話だ。

死ぬまぎわまで不老不死を願い、絶望の中で死んでいった始皇帝。

徐福が秦の始皇帝に近づいたのは、或いは一族の復讐が目的だったのかもしれない…。

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