先日「小学校の担任の先生から学んだたったひとつのこと」という記事を書いたのだけれど、それに引き続き「高校時代の担任から学んだたったひとつのこと」を紹介したい。
テーマは大学に進学する意味について。
思春期らしい、初々しい疑問に対する、高校時代の担任の先生の意外な答えとは!!?
日誌に書き連ねた青春の疑問
高校時代の3年間を通して担任をしてくれたH先生は、いつでも薄い色のついた眼鏡をかけていて、四角い顔をしている、一見するとヤクザのような風貌のおじさんであった。
英語の教諭で、恐ろしい風貌とは裏腹に、笑顔で授業をする気さくな性格をしていた。
当時ボクが通っていた高校は、高校とはいえクラスに”日直”というシステムがあり、日替わりで雑用をやらされる。
”帰りの会”の司会をやらされたり、黒板を消す必要があったり。
「起立!礼!着席ィィィ!!」
なんて授業が始まる前に号令をかけたりもする。(いまでもそんな風習は残っているのだろうか?)
そんな日直の面倒な仕事のひとつに”日誌を書く”というものがあった。
日誌には日付や天気を書く欄の横に”四角い空白の記入欄”があり、そこにその日あった出来ことを書く必要があった。
だいたい5㎝四方の空白には何を書いたっていい。
とはいってもみんな真面目にコメントを書くわけもなく、「今日も平和でした」とか「晴れていた」とか「特になし」なんてもの多かった。
とにかく1行が2行くらい書くだけってのが通例。
まあ、日直の仕事なんて面倒なだけだし、誰だってそんな日誌をまともに書きたくはないだろう。
でも、いつもいつも「特になし」だけじゃあつまらない。
当時からふざけた性格であったボクは、そんな自由に書ける空欄を逆に文字でびっしりと埋めてみようと思い立った。
内容は何でも良かった。
とにかく、空白を埋めたかった。
そして冗談半分にもその僅かな空白を「担任教師とのサシのコミュニケーションの場」にし、普段の会話では引き出せない大人の意見を聞こうと思い立ったのだ。
なので、日直になる度に日誌に細かくて小さな、それでいてメチャクチャ汚い文字で、何かを書いていた。
それに対して、先生はちゃんと読んだうえでしっかりと簡潔にコメントを書いてくれた。それもまた嬉しかった。
10年以上前の話だ。当時何を書いたかなんてこれっぽっちも覚えていないし、先生がどんな事を返答してくださったのかもサ~ッパリ覚えていない。
だけど一言だけすごく印象に残っている言葉がある。
それは「なぜ勉強し大学にいかなければならないのか?」というテーマのベタな質問だった。
自分が書いた内容についてはまったく憶えてない。
多分生意気に、学歴社会の不条理とか勉強自体の意味とか、そんなものを思うままにびっしり書き連ねていたと思う。
教師としての本音と建前もあるだろう。ガキに綺麗事なんか通用しない。大人の嘘なんか見抜いてやるぜ!!という熱い心意気もあった。
生徒の真摯な問いに先生はなんと答えるのか!!?
「大学にいけば面白い奴に出会える。行った方が得だ」
先生はこう答えてくれた。
勉強するためでも、遊ぶためでも、就職に有利だからでも、決断を保留したモラトリアムの期間でもない。
まったく小気味のいい損得勘定。
そう、出会うため。
高校時代のボクは特に進学に悩んでいるわけではなかった。
「なぜ大学に行くのか?」そんな問いを真面目に悩んでいるわけでもなく、周りに流されて何となく勉強していたし、それが進学の動機で十分だった。
「出会うために大学に行く」という回答に、当時のボクは「へ~なるほどぁ…」と思う程度だったけど、いま、その言葉の大切さがよくわかる。
「出会い」というのは人生にとって、とっても大切だし、自分の人生を大きく左右するきっかけにもなる。
しかも出会いのほとんどが”偶然”に左右されるってのもポイントだ。
偶然の出会いの中から取捨選択し、付き合う人を選びながら人間関係を構築し、影響を受け、影響を与えながら、人生は形成されていく。
バファリンの半分はやさしさで出来ているが、人生の半分は「出会い」で出来ているんだろう。
出会いがその生きざまの方向性や性格すらも変える。
金でも地位でも名誉でもない、出会いがその人生を豊かにするってわけだ。
そう考えてみると、高校を卒業して大学行こうが行くまいが、就職の道を選ぼうが、フリーターになろうが、世界中回る独り旅に出発しようが関係ない。
本当に重要なのは、今までの出会いを大切にしているか?これからの出会いを大切に出来るか?という事なんだろう。
当時学んだ微分積分も、英語の文法も、歴史の年号も、気体の状態方程式も、なにもかもサッパリ脳味噌から消えてしまったけど、先生の言葉だけが残っている。
「大学にいけば面白い奴に出会える。行った方が得だ」
それが、ボクが高校時代を通して学んだたったひとつの事なのだ。
(実際のところ、大学時代のボクといえば、友達も少なく、割と孤独で地味な生活を送っていたんだけどね)