その目的は一説には、現世での”魂の修行”にある。
輪廻転生を繰り返し、現世で魂を磨くことが生きる目的。
そして前世とは、今の人生に輪廻転生する直前に送った人生、或いは今世に最も影響を与えている過去世の事だ。
はたしてそれが本当かはわからないし、輪廻転生があるのかもわからない。
しかし実際に前世の記憶を持つ人もいるというから驚きだ。
ここでは「芸能人の前世は何か?」ということにスポットを当ててみよう。
バナナマン日村やダウンタウン、小泉孝太郎などの芸能人の前世を調べてみた。
芸能人の前世一覧
バナナマン日村
バナナマン日村がラジオで語ったお話し。退行催眠で前世の記憶まで遡る”ヒプノセラピー”の結果、バナナマン日村の前世は、イギリスから攻められている時代のインドネシアにある、ちいさな村のリーダー的な存在だったという。
彼は村人を残して船で逃げたことを、すっごい後悔して後世を過ごしたらしい。
そのインドネシアの小さな村にはバナナが生えていたのだろうか?
麒麟田村と天津木村の前世
テレビ番組でヒプノセラピー(前世療法)を受けて判明した麒麟田村の前世は、150年前のマレーシアで漁師をやっていたセンという名の男性。
40歳の頃、弟が結婚をして家を出ていったのを機に、仕事をする気がなくなりニート状態に。あきれて妻は出ていくが、弟は心配して食べ物を持ってきてくれたという。
そして天津木村の前世が、田村の前世であるセンの弟だという。
何故だか田村と木村はめっちゃ気が合うというのだから驚きだ。
ハリセンボン近藤春菜と箕輪はるかの前世
ハリセンボンの2人も前世療法を受けたことがある。
春菜は150年前のスウェーデンでパン屋を営んでいたダニエルという男性。パンがめちゃめちゃ大好き!!今世でももっとパンを食べて欲しいという。
はるかは300年前のフランスの港で、船に荷物を積む仕事をしているアールという名の男性。後に森に囲まれたレストランのシェフになり、ハムを作っていたという。
パンとハム、相性はいいのかもしれない。
小泉孝太郎とムロツヨシの前世
9月10日に出演した徹子の部屋で小泉孝太郎は、自分の前世について言及している。以前、力のある人に前世を見てもらったことがあるというのだ。
小泉孝太郎とムロツヨシは自宅の合いカギを渡しちゃうくらい凄く仲のいい親友同士。そんな彼らは前世でも繋がりがあったという。
小泉孝太郎の前世は銀行員、ムロツヨシはその銀行員が飼っていた犬だったというのだ。その所為かムロツヨシは現世でも、小泉孝太郎に犬のように懐いているという。
ベッキーの前世
ベッキーの前世は、東南アジア方面の部族の長女。
その長女の身代わりになって死んだ妹が、現世でも妹として転生しているという。
前世で縁の深かった人とは、今世でも強いつながりをもつらしい。
ダウンタウン松本人志と浜田雅功の前世
ダウンタウンのガキの使いやあらへんでで松本人志が浜田雅功の前世を暴露した。
松本によると浜田の前世は「シリコン」、そのまた前の前世は「裏道」だったという。
ちなみに松本自身の前世は「リーゼント」として、人の頭に乗っていたという。
オアシズ大久保
オアシズ大久保が力のある人に見てもらったところ、400年前にSMの開発に携わった人が前世だという。
なんとも説得力のある前世と言わざるを得ない。
エガシラの泉で江頭2:50が見破った芸能人の前世
かつてめちゃイケの企画に江頭2:50に霊視をやらせる「エガシラの泉」というコーナーがあった。
江頭2:50に霊能力や霊視の力があるのかは、定かではない。
しかしそこで語られためちゃイケメンバーたちの前世は、実に説得力のあるものだった。それらを紹介しよう。
- 鈴木紗理奈の前世は、村西という名の82歳の老刑事。あだ名はヒョコリキ、タカマンタ、ヘケなど。
- 武田真治の前世はエロい力士。前世でセッ○スに明け暮れた為、今世ではサックスを吹いているという。
- 雛形あきこの前世は、大間のマグロ漁をする漁師。名前はサダジロウ・ヨシオというそうだ。
- 濱口優の前世は中国雑技団員。この結果は本家のオーラの泉でも同様だったという。
- 加藤浩次の前世はハエ、水を飲みたがっているハエだ。
江頭2:50にはお笑いの才能以外にも、霊視という隠し芸があったのだ。
袖振り合うも多生の縁
ちなみに私自身も一度、いわゆる”力のある人”に前世を見てもらったことがある。
前世は「チベットの僧院で僧侶の世話をしている人」だったらしい。
チベットなんて行った事ないけれでも、行ってみたら不思議と懐かしさを感じたりして。
芸能人の前世をみると、今の人生に密接に関わりのある人が、実は前世でも出会っていたというパターンが多い。
ひょっとしたら自分の大切な友人や恋人は、前世からの繋がりで出会うべくして出会った…のかもしれない。
「袖振り合うも多生の縁」ということわざがある。
「多生」とは輪廻転生で繰り返してきた沢山の「生」の事。多生の縁とは、前世かそのまた前世かはわからないが、違う人生での縁を指す。
「道端で袖が触れ合うくらいの小さな縁でも、前世で深い縁があったのかもしれない」といった意味のことわざだ。
ちょっとした縁でも大切にしようねって意味だろう。
バスでたまたま隣に座った人、偶然間違い電話をかけた人、遅刻ギリギリでトーストをかじりながら角を曲がったら正面衝突した転校生、今となりにいる恋人、それら全て、ひょっとしたら、遠い昔に一度出会っていた人なのかもしれないね。