「なんでも入る!スーパーゾーンに入りました!!」
「超スーパーゾーンに入った!!!」
これはATPファイナルズでの錦織選手の試合で、解説の松岡修造氏が発した言葉だ。
超スーパーゾーンとは何なのか?その正体を探りたい。
気分は「ザ・ワールド!」ゾーンという状態とは!?
超スーパーゾーンなのかどうかはわからないが、プロスポーツ選手の間では「ゾーン」という状態が確認されている。
例えばマイク・タイソン。彼が破竹の勢いで連勝を重ねていた時「パンチが止まって見える」と言ったという。
また、プロ野球の川上哲治氏は同じく「ボールが止まって見える」と言ったといわれている。
これはただの言葉のあやで実際は違うでしょ、止まって見えるなんて言い過ぎたよ!と思うかもしれない。
しかし、実際にプロスポーツ選手の中には、そういったある種の全能感にも似た感覚に陥る事例が多々あるのだ。
極限まで集中力が高まった時、どうやら人はゾーンと呼ばれる領域に侵入するらしい。そこでは時間がゆっくりと流れ、一瞬の間に様々な思考を巡らすことが出来る。
ではゾーンとは何なのだろうか?
人体に何が起こっているのだろうか?
それを知る手がかりがある。ゾーン状態と同様に、時間の流れがゆっくりと流れる様に感じる現象があるのだ。
聞いたことがあるだろう。それは「交通事故で豪快にブッ飛ばされて空中を飛んでいる時」である。
交通事故の際に時間の流れがゆっくりに感じた、という証言は多い。これはゾーン状態と似ている。
なぜ時間の流れがゆっくりに感じられるのだろうか?
交通事故で時間がゆっくりと感じる理由は?
交通事故にあった瞬間、人間は一瞬で極限の状態に放り出される。
生きるか死ぬか?
その哲学的な問いの中に、あっという間に放り出される。
その時、人間の脳と身体は、その性能を限界までを引き出し、生存への活路を見出そうとする。
そこでは半強制的に極限までの集中力が発揮されるのだ。
具体的には、事故に合った瞬間、人間の瞳孔が限界まで開くという。
そうなると視界の隅から隅までが、明確に見えてくる。そして脳内の映像に対する情報処理能力が数十倍に膨れ上がる。
例えばアニメーションでは基本的に1秒間に24コマのセル画が使われている。これを連続して観ることで絵が動き出すように見えるのだ。
もし視覚の情報処理能力が数十倍になったとしたら…アニメで例えるなら見えている世界が、1秒間24コマではなく1秒間に100コマ、1000コマの世界になる。
この過剰な映像情報によって、事故の瞬間にはスローモーションに見えるという。
そしてそれを可能にするもうひとつの秘密が「情報の遮断」だ。
生存のために関係のない情報は排除される。不必要な感覚を制限することで、ひとつの感覚を究極まで高めているのだ。
交通事故という極限状態でスローモーションになった時、視界は白黒になるという証言が多い。色彩という余分な情報がカットされるのだ。
また、聴覚も遮断される。事故の瞬間に起きるスローモーションでは、いっさい何も聞こえなくなるという。
そして味覚。これはあくまでも推測なのだが、交通事故で50メートル吹っ飛ばされて空中に投げ出されてる最中に、激辛カレーライスを食べても辛さなんて感じないだろう。
傷みという感覚も遮断されているはずである。事故直後にその身体の状態に気付かずに歩いている、なんてことを聞いたことがある。
どうだろう?スポーツ選手の語るゾーン状態と似てはいないだろうか?
スポーツ選手がゾーン状態に入ると、歓声が聞こえなくなる。視界が狭まりボールだけしか見えなくなる。あるいは相手の動きしか見えなくなる。こういった証言は交通事故のそれと一致している。
この時スポーツ選手の中で起きていることは、感覚の遮断と先鋭化だろう。瞳孔が完全に開き、コマ送りの世界にいるのかもしれない。
そこでは数秒の間に様々なことを行うことが出来る。
極限の世界、ゾーンへの入り方!
うららかな春の午後、近くの公園に家族でピクニックに出かけたとしよう。
母親は早起きしてサンドウィッチをを作り、父親は普段デスクワークばっかりなので運動不足を解消しようと息巻いている。小学校4年になる娘は始めたばかりのバトミントンのラケットをふたつ用意していた。
3人は青い空と芝生が広がる公園に到着した。
家族で昼食を平らげた後に少しの食休みを挟み、娘と父親はバトミントンに興じることにした。
娘は学校の同級生の中でもかなり筋が良く、バトミントンは上手な方であった。
対して父親はすっかりと中年太り体型になってしまい、身体を動かすとすぐに息がが上がってしまうありさま。
「おとうさん!いくよ!!」
「よし!来い!」
「おとうさん、この前もぎっくり腰になったんだから、無理はしないでね」
娘がまずは手始めに、という感じで軽くシャトルを中空に飛ばせた。
!!?
その瞬間、父親の視界が色を失った!!
陽光に輝く緑の芝生や木々のきらめきが、全て白黒の世界に沈む。
一瞬で視界が広がる。シャトルだけではなく、視界の隅にある木々の揺れ、遠くに遊ぶ家族連れの様子までしっかりと認識できるのだ。
シャトルは考えられない程にゆっくりと、まるで粘度の高い水中を進むように空中を移動していた。
父親は戸惑いながらも思った。
「これがゾーンか!!」
足の先から指の先まで、全てを自由自在に動かせる感覚!負ける気がしない!!
果たして、ルールすらあやふやな遊びのバトミントンに勝ち負けはあるのか?
しかしながら、バトミントンの結果は父親の圧勝であった。
娘はそのプライドを完膚なきまで叩き潰され、その日以降ちょっと早めの反抗期に突入したのであった。
…なんてことはあり得ない!
ゾーンの発動条件はかなり厳しいのだ。
まず必要なのが日々の修練。とんでもない反復練習。
久しぶりにやったバトミントンでいきなりゾーンに入れるはずがない。
そして極限の集中力。
ここまでの集中力は、多分どれだけ練習してもたどり着く領域ではない。その人の資質も大きく関係するだろう。
もちろんただの練習試合では、極限の集中力は発揮できないはずだ。
大舞台で自分の人生を左右するような一瞬に、積み重なった練習を土台に人はゾーンの世界に突入するのだろう。
間違っても昼下がりの公園でゾーンの世界に突入している小太りのおっさんはいない。
また、このゾーン状態はスポーツ選手だけに起きることではない。ミュージシャンや絵描きさんなど、とにかく極限の集中力を発揮する必要のある人たちの間で起こる可能性がある。
ミュージシャンのゾーン状態は、考えなくてもいろんなフレーズが飛び出し、音楽と一体となった至福の時を過ごせるという。
松岡修造氏の超スーパーゾーンとは何なのか?
超スーパーゾーンとは、ゾーン状態のさらに先にある、究極の状態の事を指すに違いない。
しかし、錦織選手の試合解説で超スーパーゾーンに入った!!と連呼していた松岡修造氏だが、その後のインタビューで「そんな言葉があるかわかりませんが」とコメントしている。
さすがは松岡修造氏である。
しかしながら、これだけは言える。
そんな言葉が今までなかったとしても…今はもうあるという事だ。
これからも錦織選手にはどんどん超スーパーゾーンに入ってもらい、日本のテニス・プレイヤーとしての快挙を残していってほしいものだ。