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呪われたアメジストの恐ろしい都市伝説と、その驚くべき”真相”とは?

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先日、上野の国立科学博物館で開催している「大英自然史博物館展」に行ってきた。

そこには1700年代の金持ちが収集した、貴重で、美しく、それでいて悪趣味なコレクションがたくさん展示されていた。

その中でもひときわ目を引いたのが、呪われたアメジスト(cursed amethyst)だ。

呪われたアメジストだって!!?

オカルト・ファンとしては、その伝説を知りたいもの。

所有者は、このアメジストが呪われていると信じ、7重の箱に入れて保管していた。運河に投げ捨てたが、再び元に戻ってきたという逸話がある。後に「これは呪われており、血と、かつての所有者たちの不名誉で染まっている」という手紙と共に大英自然史博物館に寄贈された。

解説文にはこうあるが、詳しい伝説については何も書かれていなかった。

しょうがないので自分で調べてみたところ、そこには衝撃的な真実が隠れていた!!

呪われたアメジストにまつわる恐るべき伝説、そしてその真相を紹介したい。

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呪われたアメジストの都市伝説とは!?

まずは、呪われたアメジストにまつわる恐ろしい伝説を簡単に紹介したい。

インドがイギリスの植民地だった時代、植民地支配に対する反乱が発生した。その混乱の最中にある1857年、後に「呪われたアメジスト」と呼ばれることになる大きな宝石は雷神インドラの神殿から密かに盗まれ、イギリスへと渡った。

インドからイギリスに”呪われたアメジスト”を持ち帰ったのは、フェリス大佐という軍人。

フェリス大佐は大きなアメジストを持ち帰ってからというもの、立て続けに謎の不幸に見舞われることになる。健康状態が悪化し、経済状態も悪化の一途を辿り…最終的には謎の死を遂げてしまう。

その不幸はアメジストを引き継いだ、フェリス大佐の息子にも伝染する。フェリス大佐の息子もまた、父親と同様に健康状態が悪化し、財産も失う羽目になった。

さらにはその友人までも自殺してしまい、それ以降、このアメジストは「呪われたアメジスト」として名を馳せることになる。

 

この呪われたアメジストの最後の所有者は、エドワード・ヘロン・アレンという人物。彼は学者、作家、音楽家、弁護士と多岐にわたる才能を発揮した人物で、1890年に呪われたアメジストを手にしたといわれている。

アメジストを手に入れた後にやはり不幸が続いたため、恐ろしくなったエドワード・ヘロン・アレンは、呪いのアメジストをリージェント運河に投げ捨てる。

しかし三か月後、その宝石は偶然にも川底から引き上げられ、エドワードの元に帰ってきたという。

呪いを恐れたエドワードは呪われたアメジストを7重の箱に保管し、銀行の貸金庫にぶち込んだ。

そうして、自分が死ぬまで金庫から持ち出すことはなかったという。

 

「自分の死後33年間は、絶対に呪われたアメジストを金庫から出してはならない!!」

こんな恐ろしい遺言を残したものの、その娘は1年とたたずに呪われたアメジストを金庫から出している。エドワード・ヘロン・アレンは1943年3月に死亡したが、娘は1944年には大英自然史博物館に呪いのアメジストを寄贈しているのだ。

しかし、親の遺言を完全無視して呪いのアメジストを公開した挙句、勝手に博物館に寄贈した娘には、まったく何の不幸も訪れなかったという…。

とまあ、これが呪いのアメジストにまつわる都市伝説だ。

父親の恐怖の遺言を完全無視した娘さん、随分と肝の座っている。怖くなかったのだろうか?

 

それにしても、天下のイギリス自然史博物館に「Cursed amethyst」として展示されているわけだし、その呪いの伝説には信ぴょう性がありそうだ。

はたしてこの恐ろしい伝説は、本当に起こった出来事なのだろうか?

呪われたアメジストの都市伝説に隠された真相とは?

インドから持ち去られ、持ち主を次々と不幸に陥れる呪われたアメジスト…。

オカルトファンにとってはワクワクするストーリーだけれど、それらが事実であるという明確な証拠は何一つ残っていない。

それどころか、これらの伝説はすべてフィクションの可能性がある。

 

実は作家でもあるエドワード・ヘロン・アレンは、1921年に「パープル・サファイア」という短編小説を、クリストファー・ブレアというペンネームを使って書いている。

この約100年前に書かれた書籍は、なんと現在もアマゾンで購入することができる。

その説明文を見れば、本の内容はだいたい想像できるだろう。

ロンドンの名門大学で起こった、あまりに常軌を逸した内容ゆえに当時は公表を控えられていた数々の怪事件。その記録が今、ついに明らかにされる……。英国自然史博物館に収蔵されている〈呪われたアメジスト〉の最後の所有者であるエドワード・ヘロン・アレンが、数々の災いに見舞われ、ついには博物館に石を寄贈するまでを綴った表題作、「紫サファイア」。金星人とのファーストコンタクトを描いた「アアリラ」など、20世紀初頭の科学界で活躍した著者が、天文学、古生物学など、その豊富な科学知識を存分に活かし、〈クリストファー・ブレア〉名義で発表した怪奇オムニバス10編。

金星人とのファーストコンタクト??

とにかく、短編小説紫サファイア(パープル・サファイア)は、オカルト・ファンのために書かれたただの娯楽小説であることがわかるだろう。

 

そしてこの短編小説に多少なりともリアリティを与えるために、エドワード・ヘロン・アレンは「呪われたサファイア」を実際に作り出そうとした。

しかし、当時のエドワード・ヘロン・アレンには、大きなサファイアを用意するような金銭的余裕はなかった。その代りに、大きなアメジストを手に入れ、それを「呪われたアメジスト」としたのだろうといわれている。

呪われたアメジストの都市伝説は、作家であるエドワード・ヘロン・アレンが作り上げたフィクションであり、自分の書いた小説のプロモーションの一環だったのだ!!

はたして全てはフィクションなのだろうか?

…でも、本当に呪われたアメジストの都市伝説はウソなのだろうか?

エドワード・ヘロン・アレンにはインドに従軍経験のある知人の軍人がいたらしく、彼の話す体験談が物語の着想になったといわれている。この軍人が本当に呪われたアメジストを持っていたとしたら?

パープルサファイアという短編小説のために宝石を用意するとしたら、たとえお金がなかったとしても、やっぱりサファイアを用意するはずだ。

アメジストにするというのは、どう考えても不自然。

それよりも、軍人から「呪われたアメジスト」とそれにまつわる恐ろしい物語を聞き、それに着想を得て小説を書いたという方が自然だ。小説にアメジストを使ったらパクり過ぎなので、代りにサファイアを使ったのではないだろうか。

それに、何世紀にもわたる家系図を収集して調べている研究者が、呪われたアメジストとそれにまつわる悲劇ととてもよく似た事件が実際に発生していることを発見し、イギリス自然史博物館に連絡してきたこともあったという。

 

謎の死を遂げた一族や友人たち。その事件が本当にあったとしたら?

呪われたアメジストの都市伝説は、本当にエドワード・ヘロン・アレンの作り話なのだろうか?

いまでもインドの雷神インドラが、めちゃくちゃ怒っているとしたら?

 

…大英自然史博物館に眠る呪われたアメジスト。その真実を知るには、実際に呪われたアメジストを手に入れるしかないのかもしれない。

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